事故により若くして高次脳機能障害になった中国人研修生に対し、「言葉の国境を越えた」と感じた例を紹介します。

B病院より当院回復期リハビリテーション病棟に中国人のAさんが入院されたのは昨年9月でした。

中国から短期職業研修にきていたAさんは20歳代。同じく短期職業研修にきている妻が県外に在住しており、3歳の子供を中国に残してきているということでした。作業中3メートルの足場から転落し、急性硬膜外血腫からの右片麻痺、失語症など高次脳機能障害がありました。このために日本語検定1級を取っていたにもかかわらずまったくしゃべることができなくなり、理解力、気力とも落ちた状態で入院してきました。環境が変化したこともあり、まったく無反応となり拒食、拒薬、コミュニケーションもとれないため、衰弱していくAさんを、なんとか元気に中国へ返してあげようとチーム・職場一丸となり立ち上がりました。仕送りをしていることもあり手持ちのお金は全くない状態でした。中国語を話せる方にボランティアで来てもらい、Aさんとのコミュニケーションの仲介をしていただきました。職員も中国語を勉強するため、単語帳に書いてAさんとのコミュニケーションを図っていきました。朝の朝礼では皆で、中国語であいさつ練習をしたり、皆で声をかけ続けました。また、県外の妻と病院の電話で話してもらったり、お正月には妻に香川県に来てもらい高齢者住宅を提供して水入らずの時間を作るなど環境に変化を持たせました。すると、少しずつ笑顔が出るようになり「おはよう」とか「ありがとう」など単語やジェスチャーで話もできるようになり、歩行もフリーになり活動範囲が広がっていきました。

しかし、今後日本で治療をするのかそれとも2月でビザがきれる妻と中国へ帰るかなど問題は山積みでした。MSWや関連会社の方の力を借りながら、中国に妻と一緒に返る方向で一致し、2月に無事帰ることができました。

見知らぬ国で自分がこういう状況になったときの不安は計り知れないものがあると思います。今後も、患者さまの思いに寄り添い、よりよい医療ができるよう努めていきたいと思います。